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【実話】勘違い騎士道事件|過剰な正当防衛(成立条件は?)・錯誤論を解説【法律図解】

昭和56年7月、千葉県市川市の路上で、とある暴行事件が起こりました。イギリス人である被告人Xが歩いていると、酩酊した女性Aとそれをなだめる被害者Vが、もみ合っているのに気が付きます。Aは、Xが歩いてくるのを認めると、「ヘルプミー」と叫びました。それを聞いたXは、AがVに襲われていると判断し、AとVの間に割って入りました。

実はXは空手3段の腕前である上に、がたいもよく、自身が酔っ払っていたこともあり、困っている女性を助けなければ、という騎士道精神ですぐさま行動に移してしまったわけです。そんなXが突然目の前に現れたわけですから、Xに襲われると思ったVは防御のため拳を胸のあたりにあげました。それをボクシングのファイティングポーズだととったXは、強烈な回し蹴りをVの頭部に叩き込み、転ばせてしまいます。そして頭を強く打ち付けたVは、頭蓋骨骨折を負わせ、脳挫傷により死亡してしまいました。

皆さんは普段、騎士道精神を持っていますか。女性が襲われていたら、自らの身を呈して守る。素晴らしい精神だと思います。今回は、そんな騎士道精神が空回りしてしまった事件を紹介します。

「勘違い騎士道」事件…錯誤について

冒頭で紹介したのは、「勘違い騎士道」事件と呼ばれるものです。この事件を学ぶにあたっては、以前解説した、錯誤に関する話を理解してもらった方がいいと思います。まだ見ていない方はそちらをチェックしてみてください。

冒頭の話だと、Xが騎士道精神にのっとった立派な人物であるかのように取れますが、実際にはそんなことはありませんでした。事件が起きる少し前に話を戻してみましょう。

被害者のVは、Aを含む友人たちとともに、市川市にあるスナックで飲食をしていました。酒が進むうちに、Aの夫が店内にいた他の客と口論をおこし、Aがそれに加わろうとしてしまう事態になったため、VはAとAの夫を帰宅させようと店の外へ連れ出しました。VはAを先に帰宅させるため店を離れると、Aは夫が店に戻ろうとしているのを見とがめ、「戻ってこい」などと発言し、暴れ始めました。それを見たVはAを止めようともみ合いになり、Aがしりもちをついてしまいます。そこに通りがかったXが、Vを襲った、というのがこの事件の事実となります。

つまり、Vはなんら悪いことはしていないのにいきなり回し蹴りをくらわされ、死亡してしまったという訳です。

問題点…正当防衛は成立?急迫不正の侵害について

この事件では、刑法36条の、正当防衛が成立しないか争われました。なぜなら、Xは、AがVに襲われているものと思い込んで、Aを助けるためにVに回し蹴りをしたからです。真にAがVに襲われていたとしたら、その防衛のためにしたXの行為は、正当防衛として少なくとも刑の減軽がなされたはずです。

しかし、実際にはAはVに襲われておらず、ただのXの勘違いにすぎませんでした。

こちらも以前解説しましたが、正当防衛が成立するには「急迫不正の侵害」が必要です。そのためXは、何ら侵害がなされていないのに、防衛行為にでてしまったことになります。このような防衛行為を、誤想防衛と言います。

そして、空手3段の腕前を持つガタイの良い男性が、いきなり頭に回し蹴りを食らわせてしまうのは、どう考えてもやりすぎです。そのため、「やむをえない」限度を超えた過剰防衛にもなっています。このように、誤想であり、かつ過剰な防衛を、誤想過剰防衛と言います。誤想過剰防衛となっている場合にどのように処理をするか問題となったわけです。

事件の処理…誤想過剰防衛・錯誤

単なる誤想防衛の場合には、まず以前扱った「事実の錯誤」と「法律の錯誤」どちらにあたるかにより、故意の有無を決定します。そのうえで36条2項により、刑が減免されるかを判断することになります。

誤想に加え、過剰である場合にも、事実の錯誤にあたるか法律の錯誤にあたるかの議論は当てはまります。

この事件の場合、行為者Xは空手3段の腕前であり、自らのガタイがいいことも認識しています。そのような者が、いきなり回し蹴りを繰り出せば、どのような結果になるかは当然認識できるはずです。そのため、一般人であればその防衛行為が過剰であることの認識はできる、として法律の錯誤にあたり、故意が認められることになります。

もっとも、36条2項の刑の減免が認められるかについては、従来の学説では否定する説もありました。しかし、この勘違い騎士道事件では、一応「防衛」にはなっている点から、36条2項による減免を認めました。36条2項が「任意に」刑を軽くし、または刑をなくすものであることが理由になっていると思われます。

まとめ & スズトリYouTube版

今回は、以前あつかった錯誤論を踏まえて、勘違い騎士道事件について見てきました。YouTube版もよかったらどうぞ↓