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【法律】人を眠らせたら、殺人犯になった。クロロホルム事件【法学部向け解説】

皆さんは、ドラマなどでクロロホルムをかがせて人を眠らせるシーンを見たことがありますか。実は、日本で起きた事件で、クロロホルムをかがせて眠らせた行為が、殺人罪となった例があります。今回は、この「クロロホルム事件」について紹介したいと思います。

クロロホルム殺人事件の概要…麻酔作用で殺人?

平成7年、8月某日。生命保険金を目的とした、とある殺人事件が起こりました。通称、「クロロホルム殺人事件」。現場となったのは、宮城県石巻市。実行犯3名は、市内の路上にて、のちに殺害されるVさんの車へ、自動車を故意に衝突させた。謝罪とともに、示談交渉を装い、被害者のVさんを助手席へ誘い入れた。

夜の9時半ごろの出来事であった。Vさんが入るやいなや、大量のクロロホルムが染み込んだタオルを、Vさんの口へ押し当て、吸引させた。クロロホルムという物質の麻酔作用により、Vさんは昏睡に陥った。

その後、実行犯3名は石巻工業港へVさんを運び、車ごと海へ転落させました。

クロロホルム事件とは…窒息死か?ショック死か?

クロロホルム事件とは、平成7年8月におきた事件で、殺人罪の成否をめぐって最高裁まで争われた事例です。

被告人Aは、自らの夫であり被害者であるVを、事故死に見せかけて殺害して、生命保険金を詐取しようと考え、被告人Bに実行を依頼しました。Bは、Vを自動車に乗せて眠らせ、自動車ごと海に転落させて殺害する計画を立て、C,D,Eの3名に実行を委託することにしました。

その計画通りCらは、Vを車に乗せ、クロロホルムをしみこませたタオルをVの口にあてて眠らせ、自動車ごと海に転落させることに成功しました。

ここまでなら、単なる保険金殺人として、問題とはならなかったはずです。

ところが実際には、Cらがタオルにしみこませたクロロホルムの量が、それ単体でショック死していてもおかしくない量に達していました。

そのためにVの死因が、海に転落したことによる窒息死か、クロロホルム吸引によるショック死かわからなかったのです。

問題となったか…過失致死罪か?殺人罪か?

ここまでの話を聞いて、「Cたちのせいで死んだのは間違いないんだから、問題なくない?」と思った方もいると思います。そこで、何が問題となったかを説明していきたいと思います。

まず、クロロホルムを吸引させた行為を第一行為とし、海中に転落させた行為を第二行為とします。

先ほどの指摘の通り、確かに第一行為、第二行為のどちらかでVが死んだのは間違いありません。

しかし、Cらはあくまでも第二行為で殺害するつもりであったため、第一行為の時点では殺意はなかったことになるんです。

そうすると、第一行為で死亡結果が発生していた可能性も捨てきれない以上、殺意がないのに殺してしまったことになり、刑法199条の殺人罪ではなく、210条の過失致死罪しか適用できないことになります。そうなると、人を殺したのに罰金刑しか課すことができず、不都合な結果となってしまいます。これが、クロロホルム事件の問題点です。

早すぎた結果の実現

このような不都合を解消するため、最高裁は、次のような論理を導いて、殺人罪の適用を認めました。

①第一行為が、第二行為を行うために必要かつ不可欠であり、②二つの行為が、時間的にも場所的にも密着しているものであることから、二つの行為を一連の行為だと捉える、というものです。

このようにとらえることで、第一行為の時点で殺意を持って殺害計画を開始したものだと考えることができ、たとえ第一行為から死亡結果が発生していたとしても、殺人罪が適用できる、と考えたと言うことです。

この事件で最高裁が用いた理論は、「早すぎた結果の実現」の例として、法学部生の誰もが知る事例となりました。死亡結果の発生をもくろんでいた第二行為ではなく、その前段階の第一行為の時点で死亡結果が発生してしまった場合の、先例となったという訳です。

もっとも、この理論が導かれたのは、あくまでもクロロホルムによって死亡結果が発生していた危険性が高かったから、という事情があるからです。そのため、どのような場合にも使える理論ではない、ということに留意する必要があります。

今回紹介した事例は、少々難しい事例ではありますが、法学部の一年生や二年生が必ず学ぶ内容でもあります。そのくらい大事な事例だと言うことです。今回の記事を通して、法学部生がどのような勉強をしているか、少しでも分かってもらえれば幸いです。